1. 患者さんのご紹介(主訴・お悩み)
今回ご紹介する患者さんは、40代の女性です。「以前に他院で治療した前歯に、違和感が続いている」というお悩みを抱えておられました。当院のホームページをご覧いただき、歯の根の治療を専門とする「歯内療法専門医」による精密な診察と治療を強くご希望され、ご来院されました。
患者さんから詳しくお話を伺うと、違和感のある歯は上顎の前歯で、過去に他院様にてセラミックの修復治療を受けられたとのことでした。さらに、その後一度、歯の根の先に膿がたまる症状(根尖病変)に対し、「歯根端切除術」という外科的な処置も受けておられました。
一度は外科処置によって症状が落ち着いたものの、最近になって再び同じ場所に違和感を覚えるようになり、不安を感じておられたのです。
「今入っているセラミックは色も形も気に入っているので、できる限り外さずに治療したい」 「一度手術した場所なので、次は根本的な原因からしっかりと治してほしい」
前歯は、お顔の印象を左右する非常に大切な部分です。患者さんの審美的なご要望にお応えしつつ、違和感の原因を根本的に解決し、歯を長期的に保存すること。それが今回の治療の大きなテーマとなりました。
2. ご来院時の状態と診断
まず、患者さんのお口全体の状態を把握するため、視診、触診、打診(歯を軽く叩いて響き方を確認する検査)など、基本的な診査を行いました。
患者さんが気にされていた上部のセラミック修復物は、歯との適合も良好で、見た目にも美しく、破損や不具合は認められませんでした。
次に、違和感の原因を正確に特定するため、歯科用CT(三次元レントゲン)による精密検査を行いました。歯科用CTは、通常の二次元レントゲンでは重なって見えない歯の根の形態、根の周囲の骨の状態、病変の広がりなどを立体的に、あらゆる角度から詳細に分析することができます。
CT画像を解析した結果、該当する上顎前歯の根の先端(根尖)部分に、影(透過像)が確認されました。これは、過去に歯根端切除術が行われたにもかかわらず、炎症が再発しているか、あるいは完全には治癒しきっていない「根尖病変」が残存していることを示していました。

根尖病変とは、歯の根の先端(根尖)の周囲にある骨(歯槽骨)が、歯の内部(根管)の細菌感染によって溶かされてしまう病気のことです。 虫歯が進行して歯の神経(歯髄)が死んでしまったり、過去の根管治療が不十分で根管内に細菌が残っていたりすると、それらの細菌や毒素が根尖から外に漏れ出します。すると、体の防御反応として根の先に炎症が起こり、骨が破壊されて膿の袋(歯根嚢胞)などが形成されます。 初期段階では自覚症状がないことも多いですが、進行すると歯ぐきが腫れる、痛みが出る、噛むと違和感がある、といった症状が現れます。
他院様での前回の手術から一定期間が経過しているにもかかわらず、違和感が再発し、画像診断でも明確な治癒が確認できないことから、診断結果は「再発性(または治癒不全)の根尖病変」となりました。一度手術を行った部位の再治療は、組織が硬くなっていたり(瘢痕化)、目印となる構造が変化していたりするため、初回の手術よりも格段に難易度が上がります。
3. 治療計画
診察室のモニターで患者さんご自身のCT画像をお見せしながら、現在の状況を詳しくご説明しました。
この状態を治療する方法として、以下の2つのアプローチが考えられます。
・歯の内部からの治療(非外科的歯内療法)
セラミック修復物を破壊して除去し、歯の内部から再度、根管治療を行う方法。
・歯ぐき側からの治療(外科的歯内療法)
歯ぐき側から直接アプローチし、根尖の感染源を除去する方法。
患者さんの「セラミックを外したくない」という強いご希望を尊重し、当院では2の「外科的歯内療法(歯根端切除術)」を再度行うことをご提案しました。
当院の強み:専門医による「精密」外科的歯内療法
外科的歯内療法は、歯内療法の分野でも特に高度な技術、専門知識、そして精密な処置を可能にする設備(マイクロスコープなど)が必要な治療法です。
当院には、歯内療法のトレーニングを積み、多数の臨床経験を持つ歯内療法専門医が在籍しています。特に、今回のような再手術のケースでは、初回の手術でなぜ治癒しなかったのかを正確に分析し、今度こそ確実に感染源を除去しきる精密さが求められます。
外科的歯内療法は、通常の根管治療(歯の内部からのアプローチ)では改善が困難な場合や、今回のように修復物や土台(コア)の除去が難しい場合などに行われる専門的な治療法です。
その代表的な術式が「歯根端切除術」です。これは、局所麻酔下で歯ぐきを小さく切開し、根尖病変に直接アプローチします。そして、感染の温床となっている歯の根の先端(根尖)を数ミリ切除し、同時に病変部(膿の袋など)を徹底的に清掃・除去(掻爬:そうは)する手術です。
今回の治療計画では、以下の2点を最重要ポイントとして患者さんにご説明しました。
エビデンスに基づく切除範囲の決定 歯の根は、歯を骨の中で支える「杭」の役割をしています。根を切りすぎると、歯の支えが弱くなり、将来的に歯の寿命を縮めてしまう可能性があります(歯冠歯根比の悪化)。当院では、歯科医師の勘や経験だけに頼るのではなく、世界中の臨床研究によって裏付けられた「エビデンス(科学的根拠)」に基づき、感染源を除去するために必要最小限かつ最も効果的な切除範囲(通常、根尖から3mm)を精密に決定します。
マイクロスコープ下での確実な封鎖(逆根管充填) 歯根端切除術の成否は、根を切除した「後」の処置で決まると言っても過言ではありません。切除した根の断面には、細菌の侵入経路となった根管の入り口が露出します。この非常に小さな穴を、生体親和性の高い特殊なセメント(MTAセメントなど)で完全に封鎖する処置を「逆根管充填」と呼びます。この封鎖が不完全だと、再び細菌が漏れ出し、再発の原因となります。 当院では、この最も重要なステップを「マイクロスコープ」下で行います。
マイクロスコープは、術野(治療する部位)を最大で約20〜40倍にまで拡大して見ることができる顕微鏡です。暗く狭いお口の中で、肉眼では到底見ることのできない歯の根の内部構造、根尖の微細なヒビ(マイクロクラック)、汚染された組織などを、明るく鮮明な視野で詳細に観察することができます。 外科的歯内療法において、感染源の徹底的な除去と精密な逆根管充填を行うためには、マイクロスコープは有意義な設備です。
患者さんには、これらの治療計画、再手術であることの難易度、そして期待される効果について十分にご説明し、ご理解とご同意をいただいた上で、治療を進めることとなりました。
4. 治療時
治療当日は、患者さんの体調を万全に確認した後、術野の消毒を徹底的に行います。 手術は以下の流れで、すべて歯内療法専門医がマイクロスコープを使用して行いました。
1. 麻酔
手術部位に、通常の歯科治療で使用する局所麻酔を十分に行います。術中に痛みを感じることは少ないです。
2. 切開・剥離
事前に計画した部位の歯肉にメスで切開を入れ、歯肉と骨膜(骨を覆う膜)を骨の表面から丁寧に剥離し、根尖部分の骨を露出させます。
3. 骨削除・病変の除去・歯根切除
根尖を覆っている薄い骨を専用の器具で最小限削除し、CT画像で確認した根尖病変と歯の根の先端を明視します。 まず、病変(炎症によってできた肉芽組織や膿の袋)を丁寧に取り除きます。その後、エビデンスに基づき計画した範囲(根尖から3mm)を、専用の器具を用いて正確に切除します。
4. 逆根管充填(マイクロスコープ下での精密処置)
ここが、当院の専門性が最も発揮されるプロセスです。 マイクロスコープで切断面を強拡大し、根管の状態を詳細に観察します。前回の治療の痕跡や、感染源の取り残しがないかを徹底的にチェックします。 次に、超音波チップという非常に微細な器具を使用し、切断面から根管の内部を3mmほど逆行的に清掃・形成します(逆根管形成)。 最後に、MTAセメントという封鎖性・生体親和性に優れた材料を、形成した部分に隙間なく緊密に充填(逆根管充填)しました。 これにより、根管内への細菌の再侵入経路を完全に遮断します。
5. 縫合
術野を生理食塩水で十分に洗浄し、止血を確認します。剥離した歯肉を元の位置に戻し、非常に細い糸で精密に縫合して手術は終了です。
手術は計画通り、滞りなく終了しました。
5. 治療後・予後
術後は、感染予防のためのお薬(抗生剤)と、念のため痛み止めを処方しました。 約1週間後にご来院いただき、抜糸と消毒を行います。この時点で、歯肉の傷は順調に治癒していました。
しかし、外科的歯内療法の本当の「成功」は、歯肉が治ることだけではありません。病変によって失われた根の周囲の骨が、きちんと再生すること(骨性治癒)が最も重要です。
当院の強み:長期的な経過観察と客観的な治癒評価
当院では、治療して終わり、とは考えていません。骨の再生には数ヶ月から数年単位の時間がかかります。そのため、治療後も定期的な経過観察が不可欠です。
術後3ヶ月、6ヶ月、1年といった節目でご来院いただき、レントゲン撮影(または必要に応じてCT撮影)を行い、治癒の進行状況を客観的に評価します。
術後すぐ

術後3ヶ月のレントゲン写真

術後1年のレントゲン写真

根尖病変によって骨が溶かされてしまった空間も、歯根端切除術によって感染源が適切に除去され、根管が緊密に封鎖されると、体本来の治癒力によって再び新しい骨(新生骨)が作られていきます。 レントゲンでは、術直後は黒い影(骨がない状態)だった部分が、時間の経過とともに徐々に白く(骨が再生してきた状態)映るようになります。この「新生骨の出現」が、外科的歯内療法の成功を示す客観的な証拠となります。
今回の患者さんも、術後の定期検診にお越しいただきました。 術後6ヶ月の時点でのレントゲン写真では、手術前に黒い影として見えていた根尖病変部、および歯根を切除したスペースに、白く不透明な影、すなわち「新生骨」が順調に再生してきていることが明確に確認されました。
患者さんご自身も、術後しばらくして違和感は完全に消失しました。 懸念されていた上部のセラミック修復物も温存でき、審美的な問題も一切生じることなく、機能と審美の両方を回復することができました。
一度外科処置を受けた歯の再治療は、非常に難易度が高いものです。しかし、今回のように、的確な診断のもと、歯内療法専門医がマイクロスコープと専用器具を駆使し、エビデンスに基づいた精密な治療を行うことで、良好な結果を得ることが可能です。
「歯の根の治療がうまくいかない」 「他院で抜歯と診断されたが、なんとか歯を残したい」 「セラミックを外さずに根の治療をしたい」
このようなお悩みをお持ちの方は、ぜひ一度、当院にご相談ください。患者さんご自身の歯を一本でも多く、一日でも長く守るため、最善の治療法をご提案させていただきます。
▼当院の精密根管治療の詳細はこちら
https://www.shu-dental.jp/treatment/endo
監修:州デンタルオフィス
白土 州(院長 / 10studyClub 理事)
福岡歯科大学 卒業
九州歯科大学附属病院 口腔インプラント科
日本口腔インプラント学会会員
日本顕微鏡歯科学会会員

